第4日目午前、中尊寺の総括


☆☆ 八月十三日 午前 ☆☆
 一夜明けて、この日は学習会と、時間の許す限り、東京を楽しもう!スーパーハードの一日です。
ホテルの朝食を六時半、出発を七時としました。宿泊地のホテル、モントレ仙台。噂に違わず、素敵
なホテルでした。仙台駅までは三分の距離。建物もお洒落ですが、サービスが良かったです。細々と
したことまで、快く、対応して下さいました。何より、特別な価格にて、お受けして下されたからこ
そ、今回の計画が進むことが出来ました。価格は破格でしたが、待遇は、通常通り。朝のバイキング
は量も質も、十分で美味しかったです。又、泊まりたい!又、来よう!そんな素敵なホテルでした。
それにしても、仙台は大都市でした。大阪駅の周辺の雰囲気で、高層ビルが立ち並び、圧倒されまし
た。仙台と言えば、牛タン!利久と言うお店に行って来ました。それも、十一、十二日の両日共。
極上、牛タンづくし!牛タンのステーキ、刺身、お寿司など。先ず、感想です。言葉が出なかった!
十一日は、タクヤと二人で。十二日は太田さんも含めて三人で行きましたが、厚み、1cmほどの、牛
タンには参りました。美味し過ぎて、言葉も出ないほど。食べながら、『死んでも、文句無し!』こ
のように感じたのは、これで、三回目。函館のホタテ貝、鳥取の岩かき。それに、この店の牛タンで
した。

 さあ!ジバング、発見の旅です。奥州藤原氏四代と、源義経、弁慶の足跡を訪ねました。中三生は、
見ただけでも、値打ちがありますね。なぜかと言えば、受験の関ヶ原。二学期の中間テストに、この
平泉が出て来るからです。国語の教科書に出て来る光景のそのままです。教科書を開いて、あっ!と
感じる人もいるでしょうね。金色堂、芭蕉の句などがそれです。奥州藤原氏の繁栄は、都や、鎌倉を
遙かに、凌駕するものでした。主要な建物の屋根瓦は金箔を使い、黄金の都。当に、その形容が相応
しい所でした。後に、元の都でチンギスハンの孫、フビライハンに仕えていたマルコポーロが、ヨー
ロッパに帰って、東方見聞録と言う本を出版しました。その中に、元の都から、海を隔てた所に、黄
金の国がある。と紹介されました。その国をジバングと名ずけたのです。今の、ジャパンの語源とな
ります。その後に、マゼランやコロンブスなどの大航海時代を招くこととなりますが、彼らの探し求
めたものは、ジバングでした。このジバング探しの旅の途中で、発見されたのが、あの、アメリカ大
陸でした。世界中の人の心を釘付けにした黄金の国。それが平泉です。当時、金の産出は、平泉の近
くだけしか無く、又、奥州の馬は軍用馬としても優れ、金と馬は、平泉だけの持つ輝きでした。あの、
平清盛でさえ、奥州藤原氏に、指の一本も触れることが出来なかった程、経済的にも、軍事的にも輝
き続けました。三代目の藤原秀衡は、京都の鞍馬寺にいた、牛若丸を平泉に呼び寄せ、源義経と名乗
るところまで育てました。源平の戦いで、一の谷、屋島、壇ノ浦の戦いで大活躍の義経でしたが、平
家の滅亡後、義経を怖れた、兄、頼朝によって追われる身となりました。日の本の国のなかで、何処
にも、身の置き所が無くなった義経は、平泉を目指します。弁慶他が付き従ったのは言うまでも無い
ことでした。平泉に帰って来た義経を、秀衡は、温かく、迎入れ、それと共に、三人の子供達に、
『これよりは、義経様を、奥州藤原氏の芯に、お前たちは、義経様を援けて、奥州藤原氏を盛り立て
て行け!』義経を中心にして、頼朝との戦を覚悟したのでした。数年の月日が流れ、急に、秀衡が他
界してしまいます。秀衡の存在が大きく、それまで、様子を眺めていた、頼朝は、このチャンスを見
逃しませんでした。秀衡の三人の子供の一人、長男の泰衡に使者を立てます。『義経の首を、差し出
せば、奥州藤原は安堵してやろう』泰衡は、これを信じ、義経と仲の良い弟の一人を討ち果たし、義
経の館を取り囲みました。義経や弁慶他の奮闘も虚しく、ここに義経は覚悟を決めます。最後まで付
き従った某御前と、その間に出来た四歳の娘と共に果てて行きました。弁慶が数十本の矢を受けなが
ら、義経を守るために、目を開いたまま、立ったまま、果てたのもこの地のことでした。『夏草やつ
わものどもの 夢のあと』芭蕉が、平泉にて、過ぎ去りし、義経や弁慶などに思いを寄せ、作った歌
であります。その後、泰衡は、鎌倉に、義経の首を差し出します。安堵して貰えると思っていた泰衡
を待っていたものは、頼朝の、奥州藤原氏攻めでした。家来の裏切りもあって、泰衡は、簡単に崩れ
去り、ここに奥州藤原氏が滅亡します。秀衡が生きていれば?泰衡が秀衡の遺言を守っていれば?日
本の歴史は、違ったものになったでしょう。

 平泉は、私は二度目です。二十年前に比べて、照明の光が薄暗く感じました。節電をしていたのか
も知れません。田中さんに教えて貰いました。上質の金は、あまり、キラキラとしないそうです。確
かに、そうだと思います。往時の跡は、ほとんど、残されてはいませんが、『五月雨の 降り残して
や 光堂』芭蕉の句です。今は、光堂、すなわち、金色堂。中尊寺の伽藍。毛越寺などに、ジバング
の夢のあとが見られるのみです。平泉の総復習でした。


次回は、東京での、あれこれです。


東日本災害ボランティア関連の写真は掲載準備中です!
写真準備遅れていますm(_ _)m
随時UPしていきます。

8月10日出発
8月11日到着 姫路おでん炊き出し
8月12日午前、お好み焼き炊き出し、アロマトリートメント(七ヶ浜)
8月12日午後、石巻釜小学校
8月12日午前、ミニライブ(七ヶ浜)--工事中
8月12日午前、子供工作お手伝い(七ヶ浜)--工事中
七ヶ浜の現状、浜の清掃活動--工事中
8月13日中尊寺--工事中

その他

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